◎はじめに
北海道開拓の村に復元されている来正旅館に掲示されている時刻表に「下り鬼志別」行とありますが、私は、天北原野の鬼志別に惹かれました。

【報告の要旨】
メインテーマ:
旧来正旅館に掲示されている時刻表の年代の特定と、旧天北線の変遷をたどり、鉄路が北へ延長のつど、改定され掲示されたであろう永山駅前・来正旅館の歴代時刻表を作成し、その時刻表を通して北海道開拓の歴史・鉄道史の断片に触れて見たいと思います。

【来正旅館の時刻表に関心を持ったきっかけ】
・来正旅館の時刻表を見た来村者から、「鬼志別ってどこ?」と聞かれ、答えられなかったことです。
・また、その時刻表に「下り網走行」があり、永山から、「下り網走行」どういうことかと疑問に思いました。

【天北】
・天北=天塩と北見。
*「北見」・・「北蝦夷地(樺太)を見る」・・稚内、利尻・礼文も「北見国」
*「天塩」・・語源はアイヌ語の「テッシ・オ」(簗=やな=のような岩)の意味。その岩は、「天塩岳」標高1557M、道北一高く、天塩川の源流になっています。
・天北原野・・日本海側のサロベツ原野とオホーツク側の、頓別原野、猿払原野、声問原野を合わせた総称。
・明治2年、11国86郡画定
*訂正・・①「千歳郡」は「胆振国」。②「86郡」・・5つ多い。(松前郡と、千島国の4郡)
*「石狩国」は今の石狩支庁、空知支庁、上川支庁の一部を含んだ地域。
*「天塩国」は今の上川支庁の一部、留萌支庁を含んだ地域
*「北見国」は、網走支庁、宗谷支庁管内の地域
・天北峠はふたつある。
① 天塩国・現上川支庁音威子府村~北見国・現宗谷支庁中頓別町=旧天北線
② 天塩国・現上川支庁下川町~北見国・現宗谷支庁西興部村=旧名寄本線
・他の両国の名前を取った地名・・塩狩峠(石狩国・現上川支庁比布町~天塩国・現和寒町)、石北峠(石狩国・現上川支庁上川町~北見国・現網走支庁留辺蕊町)、石北線、狩勝峠、日勝峠、根釧原野、石勝線(南千歳・新得間)、三国峠(十勝国・現士幌町、北見国・現網走支庁置戸町、石狩国・現上川支庁上川町)

Ⅰ.鉄道の始まり

1.【世界】
・鉄道=レール=横木、横棒。
・世界の鉄道(石炭の運搬)・・・紀元前3500年頃のメソポタミアの絵文字に車輪つきの乗り物が描かれている。
・古代ローマでは、道路に石を敷き詰めて、車輪が地面にめりこまないようした。ローマの石の道は、車輪のあとがすりへっている。「すべての道はローマに通ず」を、ローマを旅行して実感する。
・レールは、16世紀、イギリスの鉱山で、もともと炭鉱で石炭を運び出すのに使ったのが最初といわれている。木製から木に鉄板を貼り付けるようになり、鉄製のレールに変わっていった。
・1825年 ストックトン・デーリントン間(世界最初の蒸気機関鉄道)
・1830年 マンチェスター・リバプール間鉄道開通。
2.【日本】
・日本では、江戸時代、大津~京都間の急な坂で車輪と車輪の幅に合わせて敷石に溝をつけ、溝に車をはめこんで動かすようにした。これを「車石」と呼んだ。
・都市と都市を結んで人と物の流通を図ることが主目的。
・明治5年5月横浜~品川間で鉄道仮営業。9月横浜~新橋間鉄道開業。
・明治7年に大阪・神戸間の鉄道が開通。