森勇二のブログ(古文書学習を中心に)

私は、近世史を学んでいます。古文書解読にも取り組んでいます。いろいろ学んだことをアップしたい思います。このブログは、主として、私が事務局を担当している札幌歴史懇話会の参加者の古文書学習の参考にすることが目的の一つです。

2012年07月

船長日記8月注(2)

(16-89)「詮(せん)すべなし」・・なすべきてだてがない。どうしようもない。しかたがない。

(16-9)「いなみ」・・いやがって。「いなむ」の連用形。「いなむ」は、「いなぶ」の変化した語。承知しないということを表わす。断る。いやがる。辞退する。

(16-10)「止事(やむこと)をえず」・・やむをえず。とどまることができない。しかたがない。どうしようもない。

(17-5)「さつま樫(がし)」・・ブナ科コナラ属の常緑樹。四国、九州の温帯に分布する。ハナガガシ(葉長樫)の別名。

(17-7)「いすのき」・・柞。柞樹。蚊母樹。マンサク科の常緑高木。本州中部以西の暖地に生える。高さ二〇メートル、直径一メートルほどに達する。樹皮は灰白色。葉は長さ五~八センチメートル、幅二~四センチメートルの長楕円形で、時に大きな虫こぶができる。春、紅色の小さい花が総状に集まって咲く。実は卵形のさやとなり毛が密生する。虫こぶはタンニンを含むので染料の原料とし、材は堅く、床柱や床板のような建築材、櫛(くし)などの器具類、炭、薪に用いられるほか、柞灰(いすばい=磁器の釉(うわぐすり)の一つ。柞<いすのき>の灰。磁器釉の媒溶剤に適し、古くから有田焼などに多く用いられた=)を作る。いす。ゆすのき。ひょんのき。ゆしのき。くしのき。

(17-8)「目通(どお)り」・・目の高さ。なお、「目通り」は、林業で、立ち木の太さにいう語。人が木の傍に立って、目の高さに相当する部分の樹木の太さ。目通り直径。

(17-89)「目通りにあたり」・・異本は、「目通りのあたり」につくる。

(17-10)「下(しも)つ方(かた)」・・下の方。「つ」は、格助詞で、~の。~にある。体言、または体言に準ずるものを承け、その体言が下の体言に対して修飾の関係に立つことを示す。「天(あま)つ風」「沖つ白波」。、「の」「が」が、変遷の過程で主格表示の用法を獲得しながら、現在もなお用いられているのに対して、「つ」は上代には格助詞として盛んに用いられたが、中古以降は複合語の構成要素として認められるにすぎない。現代では「まつげ」(目つ毛)「やつこ」(家つ子)のように一語化したかたちで残る。「つ」の濁音化した形「づ」(「己づから」)および、その音交替形と見られる「だ」(「木(く)だ物」「毛だ物」)はいずれも、語構成要素として用いられるが、これらを含む語は少ない。

(18-1)「垣(かき)」・・垣立(かきだつ)。和船の舷側上部を構成する欄干状の垣。荷物を積む「胴の間」は舷側の壁(ハギツケ)で構成されているが、垣立はその外側に付く装飾と補強の機能を持つ部品。近世の大型商船(いわゆる千石船など)や軍船では、複雑かつ大掛りのものとなり、中央の伝馬込(てんまこみ)より前部を舳(おもて)垣立、後部を艫(とも)垣立という。商船の場合、艫垣立は舳垣立より高く造られ、艫の屋形の側面を構成し、ここに乗組員の出入り口である「開(かい)の口(くち)」や窓を設ける。「開の口」には、戸・障子が立てられ、荒天時の波の打ちこみを防ぐ。なお、伝馬込(てんまこみ)も垣立の一種で、「伝馬込」の名は、空船の時ここに天馬船を置くためについた。

 また、大阪~江戸間を航海した廻船・菱垣廻船の名は、垣立の下部に菱垣模様の格子をつけたことから名づけられた。資料4 ウエブサイト「輪廻転生」より。

(18-4)「はんどう」・・筈緒(はずお)の別称。和船の帆柱の先端から船首にかけて張る太い麻綱。帆の上げ下げをはじめ、伝馬、碇(いかり)、荷物などの重量物の上げ下げに際し、身縄の張力を帆柱が受けないように、反対側に張って対抗させるためのもの。

(18-5)「柱、つるにひかれて」・・異本は、「柱、つなにひかれて」に作る。

(18-8)「五日の日」・・異本は、「五日の朝」に作る。

(18-8)「辰時(たつどき)」・・午前8時ごろ。

(18-8)「未時(ひつじどき)」・・午後2時ごろ。

(18-10)「あか(垢)」・・海水にまじった不純物が底に沈み、固まりついたもの。水垢。「あかをかへる」とは、船中に入った海水を海へ汲みだすこと。

「船長日記」8月注(1)

(13-3)「助(たすく)る」・・下1動詞「助(たす)く」の連体形「助(たすく)る」。

 *「天は自ら助(たす)くるものを助(たす)く」(サミュエル・スマイルズ著『自助論』=明治3年、中村正直の邦訳=)

(13-6)「さるわざ」・・そのような作業。ここでは、救助のため、橋舟を海中に投げ入れること。

(13-6)「所へも至らず」・・異本は、「備へも至らず」、「暇もなく」に作る。

(13-8)「何国(いずく)」・・異本は、ひらがなで、「いつく」、「いづく」に作る。

(13-9)「州」の異体字・・資料1(柏書房刊『異体字解読字典』)

(13-9)「横須賀」・・現静岡県掛川市横須賀。北側の田浦(たうら)村・長浦(ながうら)村の港地帯とともに良港の地形をなす。天正6年(1578)徳川家康の命を受けた大須賀康高が横須賀城を築城。のち豊臣系大名の渡瀬繁詮・有馬豊氏が城主となるが、慶長6年(1601)大須賀康高の子忠政(大須賀松平家)が再び入封、横須賀藩主となった。以後藩主はめまぐるしく交替するが、天和2年(1682)の西尾忠成入封後は西尾家が幕末まで藩主を勤めた。

(13-9)「かけつか」・・掛塚。現静岡県磐田市掛塚。天竜川河口左岸の集落。天竜川池田(いけだ)の渡船では大助船役郷として高瀬船七艘を勤めた。

(13-9)「夫(それ)に弁(わきま)へず」・・異本は、「夫に」ではなく、「更に」「さらに」に作る。

(13-910)「せんすべなく」・・詮すべなく。なすべき方法がなく。  ↓ 資料2

(13-9)「船中一同にはらひ」・・異本は、「一同に」と「はらひ」の間に「髪を」がある。本影印は、「髪を」を欠か。「髪をはらう」とは、髪を切払らって神仏に祈願すること。『日本庶民生活史料集成第5巻』(三一書房)の「漂流註記」には、「髪を切って神仏に祈願することが、危機に際しての船乗りのなすべきことの一つとなっていたから、御城米積船のように幕府の監督のきびしい場合は、難船しながら髪を切っていないとなると、後日の取調べの際、大切な御城米を積んでいるのに万全を尽くさず不心得であると追及を受けた。したが

って、髪を切ることは、信仰もさることながら、誠意のあかしとして後々のためにも必要だった」とある。写真(資料2)は、青森県深浦町の円覚寺にある髷額(国指定重要民俗文化財)

(13-10)「伊勢太神宮」・・伊勢神宮のこと。伊勢神宮は、三重県伊勢市にある皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)の総称。内宮は皇祖神である天照大神をまつり、神体は三種の神器の一つである八咫(やたの)鏡。白木造りで、二〇年ごとに遷宮を伴う改築がある。明治以後国家神道の中心として国により維持されてきたが、昭和21年(1946)宗教法人となった。伊勢大廟。伊勢大神宮。大神宮。

(13-10)「心願(しんがん)」・・神仏などに、心の中でかける願。また、心からの願望。念願。

(13-11)「紙鬮(かみくじ)」・・神鬮(みくじ)。江戸時代、船乗らが、荒天などで船の針路を見失ったり、判断に迷ったりした場合に行なったくじ。「鬮」の部首は「鬥(とうがまえ、かかたいがまえ)」で総画数26画。

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「真逆」(まぎゃく)

「真逆」(ゃく)
消費税法案に反対した元首相が、テレビで、「政権公約にうたわれていない、真逆のことをなぜしたのか。国民の暮らしを守るのが政治だ」とのべた。彼は、「真逆」を「まゃく」と発音した。テロップも流れ、「真逆」と表記していた。気になったので、
WEB版『現代用語の基礎知識』を開いて見た。

以下のように記されていた。


最近よく目(耳)にする「真逆」という言葉、若者言葉の一種であろうか。20113月に日本新聞協会新聞用語懇談会放送分科会が出した『放送で気になる言葉2011』の中にも、「『正反対』の意味で近年よく使われるようになった。『真』という言葉には『真冬』『真上』のように次に来る言葉を強調する働きがあり、『逆』の強調表現として『真逆』と誤用されたようだ。若い世代には抵抗感なく使っている人も多いが、業界用語から転用された新しい言葉であり、一般には使わないほうがよい。『正反対』『180度違う』等の表現が望ましい。」と新たに採用されて、注意喚起している。『広辞苑』『明鏡国語辞典』『デジタル大辞泉』『精選版日本国語大辞典』には「真逆」は載っていないが、新しい言葉をいち早く載せることで知られる『三省堂国語辞典・第6版』(081月刊)では「真逆」を見出し語として載せている。「真逆=(俗)まったくの逆。正反対。(例)自分とは真逆の性格」と俗語の扱い。坂口安吾は『堕落論』の中で「真逆様」という表記を使っているが、これは「まぎゃく・さま」ではなく「まっ・さかさま」と読む。


私なりの教訓は、あまり、聞きなれない言葉を使わないほうがいいということ。

なお、消費税法案に反対した彼の行動は、支持するのではあるが・・。

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