(98-1)「又(また)の日(ひ)」・・次の日。翌日。一般には「別の日。後日」の意が多いが、ここは、翌日の意。
(98-1)「何国(いづく)」・・異本は、ひらかなで「いづく」としている。
(98-2)「辰巳風(たつみ・たつみかぜ・たつみのかぜ)」・・東南の方角から吹いてくる強風。「辰巳風」と書いて、たんに「たつみ」「たづみ」という地方がある。なお、余談だが、「辰巳風」を「とつみふう」と読めば、江戸深川の遊里の気風や風俗。意気と張りを特色とした。また、語源説に、「
日の立ちのぼり見ゆの転略〔国語蟹心鈔〕」がある。
(98-2~3)「磁石を立(たて)」・・ここの「立(たて)る」は、使ったり仕事をしたりするのに十分な働きをさせること。「磁石を使い」の意。
(98-3)「申酉(さるとり)」・・西南西。
(98-3)「夜(よる)の戌(いぬ)の時」・・午後8時頃。
(98-4)「はて(果)」・・いちばんはしの所。
(98-8)「羆(ひぐま)」・・ひぐま。ジャパンナレッジ版『日本国語大辞典』の語誌に
<「二十巻本和名抄‐一八」に「羆 爾雅集注云羆〈音碑 和名之久万〉」とあるように、古くはシクマ(シグマ)と呼ばれていた。ヒグマの語形は近代以降多く見られるようになるが、「言海」(一八八九〜九一)は、ヒグマとシグマの両方を見出し語にあげ、ヒグマの項で「しぐまノ誤」と述べており、シグマを正しい語形としている。その後も同様の辞書が多く見られ、明治中期以降も、シグマを正しいとする規範意識があったことがうかがわれる。ヒグマが一般化したのは大正期か。>とある。
また、『新漢語林』の「羆」の項には、<「しぐま」と、よむのは字形による>とある。
<漢字の話>
「熊」:「火」部。「火」が脚(あし・漢字の下部)になるときは、「灬」の形をとり、「連火(れんか)」あるいは「列火(れっか)」と呼ぶ。
「羆」:「罒(よこめ・あみがしら・よんかしら)」部。
(98-8)「やらん」・・~であろうか。疑いをもった推量を表す。「にやあらむ」の転。断定の助動詞「なり」の連用形「に」+係助詞「や」+ラ変動詞「あり」の未然形「あら」+推量の助動詞「む」の連体形「む」。
(98-8~9)「いくらともなく」・・数多く。
(98-11)「ひまなく」・・隙(ひま)なく。休みなく。「隙(ひま)」は、連続して行なわれる動作のあいま。間断。
(98-11)「東風(こち・ひがしかぜ・こちかぜ・あゆ・あゆのかぜ)」・・東の方から吹いて来る風。特に、春に吹く東の風をいう。
(99-1)「夜」<見せ消ち>・・影印は、「今」の左に、カタカナの「ヒ」に似た記号がある。これを「見せ消ち」記号という。「今」を訂正して、「夜」とした。
(99-2~3)「焚けるにぞ、今宵は羆のうれひもなかりける」・・通常の文は、終止形で結ぶ。ところが、係助詞「ぞ」を用いると、その文末は連体形で結ぶ。ここは、「けり」の連体形「ける」で結んでいる。
(99-3)「辰時(たつどき)」・・午前8時ころ。
(99-4)「かねて」・・以前から。
(99-4)「任(まか)せ」・・随って。
(99-5)「高山(こうざん)あり」・・エトロフ島北部にあるラッキベツ山(1206メートル)か。
(99-5)「大成滝(だいなるたき)おちる」・・エトロフ島北部のラッキベツ岬北の断崖絶壁にあるラッキベツ滝。高さは140メートル。テキストには「三十間」とあるが、その3倍ある。嘉永2年(1849)、千島に渡った松浦武四郎は、『三航蝦夷日記』の「ラッキベツ」という小項目のなかで、「其間は、皆峨峨たる岸壁にして船を寄する処無、実に恐敷海岸なり。其落る滝高サ五丈仭と云えども、先三十丈と見ゆる也。幅は先五丈位も有る様に思わる。一道の白絹岩端に掛けたる風景、実に目覚ましき光景なり。然れ共我等も岸を隔つこと廿三、四丁にて眺望至す故に、委敷は見取がたし。然れ共其形本邦にては、紀州郡那智山の滝よりも一等大なり」と記している。
(99-6~7)「岩ほ」・・巌(いわお)。旧仮名遣いは、「いはほ」で、発音は「イワオ」。語源説に、「イハホ(石秀)の略言」がある。
(99-8)「熊野なちの山の滝」・・熊野那智山の大滝。落差は、133メートルだから、ラッキベツ滝の方が、直瀑(ちょくばく。水の落ち口から、岩壁を離れ、また岩壁に沿ってほぼ垂直に落下する滝)としては、大きい。エトロフが日本に返還されると、ラッキベツ滝が日本一となる。
(99-9)「ふねを乗(のる)」・・船をすすめる。「乗る」は、乗物などをあやつって進ませる。走らせる。操縦する。「のりまわす」「のりこなす」などの形で用いられることが多い。
(99-9)「となり」・・格助詞「と」に断定の助動詞「なり」の付いたもの。…というのである。…ということである。
(99-10)「きつらん」・・来つらん。来ただろうか。カ変動詞「来(く)」の連用形「き(来)」+完了の助動詞「つ」の終止形「つ」+推量の助動詞「らん(む)」の終止形「らん」。
(99-1)「思(おもい)しかども」・・思ったのだけれども。動詞「思う(ふ)」の連用形「思い(ひ)」+過去の助動詞「き」の已然形「しか」+逆接確定条件の接続助詞「ども」。
(100-1)「出(いで)こん」・・出てくるだろう。下2動詞「出(い)づ」の連用形「出(い)で」+カ変動詞「来(く)」の未然形「こ」+推量の助動詞「ん(む)」の連体形「ん(む)」
(100-1)「あらん」・・あるだろう。ラ変動詞「有(あ)り」の未然形「あら」+推量の助動詞「ん(む)」の連体形「ん(む)」。
(100-3)「はな」・・端(はな)。突き出た所。岬や岩壁の先。
(100-8)「いざ給(たま)へ」・・さあ、おいでなさい。「たまえ」は尊敬の意を表わす補助動詞「たまう(給)」の命令形で、上に来るはずの「行く」「来る」の意を表わす動詞を略したもの。さあ、おいでなさい。場面によって、私といっしょに行きましょうの意にも、私の所へいらっしゃいの意にもなる。中古以降、親しい間柄、気楽な相手への誘いかけとして、よく用いられている。
*「御(み)いとまなくとも、かの主(ぬし)は出で立ち給なん。いざたまへ、桂(かつら)へ」(『宇津保物語』)
*「いざ給へかし、内裏(うち)へ、といふ」(『枕草紙』)
*「萩、すすきの生ひ残りたる所へ、手を取りて、いざ給へ、とて引き入れつ」(『宇治拾遺物語』)