大塩平八郎の檄文の中に「鰥寡孤独」という熟語があったので、調べてみた。この檄文は、天保8年(1837)2月、大塩平八郎が蜂起に先立って大阪市中と摂津・河内などの村村にひそかに配布したもの。

「鰥寡孤独(かんかこどく)」とは、「妻のない夫と、夫のない妻と、みなしごと、老いて子のない者。よるべのない独り者。」(小学館『日本国語大辞典』)とある。

また、『漢語林』(大修館書店)の「鰥」の項の熟語に「鰥寡孤独」がある。そこに、『孟子』梁恵王下編の用例を挙げているので、引用する。

老而無妻曰鰥  おいてつまなきをカンといい、

老而無夫曰寡  おいておっとなきをカといい、

幼而無父曰孤  ヨウにしてちちなきをコといい、

老而無子曰孤  おいてこなきをドクという。

また、『国史大辞典』(吉川弘文館)には、日本での例を挙げている。

<『養老令』の公定解釈書の『令義解』では、鰥は六十一歳以上で妻のないもの、寡は五十歳以上で夫のないもの、孤は十六歳以下で父のないもの、独は六十一歳以上で子のないものとなしているが、八世紀の実際では、鰥は六十歳以上、独は五十歳以上で、孤は『大宝令』施行下では(けい)と記されていた(天平十一年(七三九)『出雲国賑給歴名帳』では、鰥に五十八歳、寡に四十七歳の例外をみる)。鰥寡孤独は貧窮老疾で自存不能なものとともに、近親がいなければ坊里が養うべきものとされ、またしばしば律令国家によって賑給が加えられた。>

「鰥寡孤独」の「鰥」は、見慣れない。そこで、漢和辞典を引いてみた。『漢語林』の解字は、「魚+1198f3.gif(鰥の右側)。音符の1198f3.gif(鰥の右側)は、目から涙が落ちる形にかたどる。魚の目のように目のうるんでいる、やもおの意味をあらわす」とある。『字通』(平凡社)は、「魚は女の象徴とされ、1198f3.gifをそえて老妻を失った意をあらわす」とある。

(鰥の右側)

いずれにしても、現在の私は、「鰥」である。