(72-1)「さしおきて」・・放っておいて。「さしおき」は、「さしお(差置)く」の連用形。 「さしお(差置)く」は、そのままにしておく。捨てておく。放っておく。「さし」は接頭語。

(72-12)「たび給へ」・・どうか放っておいてくださいませ。「たび給へ」は、「たび(賜)給ふ」の命令形。上位から下位に「与える」「くれてやる」の意の動詞「たぶ(賜)」に、補助動詞「たまう(給)」の付いてできたもの。多く、命令形が用いられる。ここでは、補助動詞として用いる。動詞または動詞に「て」の付いたものにつく。~して下さる。(命令形で)どうか~して下さい。

(72-2)「左(さ)にては」・・そういうことでは。「左(さ)」は、「然(さ)」の当て字。「然(さ)」は、文脈上または心理的にすでに存する事物、事態を、実際的に指示する語。そのように。そんなに。そう。

 室町時代後期になると「さう」の例が見えはじめ、「さ」で表現すべきところを次第に「さう」で表現するようになる。現代では「そう」を用い、「さ」は「さよう」「さほど」などの複合語として残るのみで、単独では用いられない。

(72-3)「汝(なんじ)」・・古くは「なむち」。「な(汝)むち(貴)」の意。対称。上代古くは、相手を尊敬して呼んだ語と推定されるが、奈良時代以降、対等またはそれ以下の相手に対して用いられ、中世以降は、目下の者に対する、もっとも一般的な代名詞として用いられる。

 ジャパンナレッジ版『日本国語大辞典』の補注に、<大国主神の別名が、「大汝」や「大己貴」などと書かれていたり、「卿」「仁」などの文字に対して、古辞書が、キミやイマシの訓とともにナンヂを挙げているところなどから、古くは敬意が含まれていたと考えられる。>とある。

 <漢字の話>「汝」・「女(なんじ)」・・「サンズイ」のない「女」も「なんじ」と読む。「女」は、「汝」の初文で、「女」は、動詞として妻とすること。転じて代名詞として二人称に用いる。代名詞には、のち「汝」を用いる。

(72-4)「きぬつむぎ」・・絹紬。絹織物の一種。柞蚕(さくさん)紡糸または絹紡糸を原料として織ったつむぎ。

(72-4)「御判物(ごはんもつ・ごはんもの)」・・直状(じきじょう)形式の文書の一種類。発給者の判(花押)のある文書で書状以外のものをいう。下達文書という意味で「書下(かきくだし)」と呼んだ。書状と書下との相違は、内容的に書状が純私務に関わるものであるのに対して、書下は差出者の家務の執行に関わる命令を内容とするところにある。また形式的には、書状の書止め(文書の末尾)が「…候、恐々謹言」などとなるのに対して、書下の書止めは「…也、仍状如件」「…之状如件」などとなる点で、書状と書下は区別される。

(72-6)「メ(し)め」・・<漢字の話>「〆」・・多くの漢和辞典は、「〆」を国字としている。『くずし字用例辞典』は、「合字」に挙げている(P1294下段)。「〆」を使う熟語(当て字を含め)に、「〆縄」「〆飾り」「〆鯖」「〆切り」「〆粕」などがある。なお、影印の「メ(し)め」は、2画に見えるが、『漢字源』は、1画の「〆」を「メ」の異体字としている。

 *「〆」を使った固有名詞・・①「〆張鶴(しめはりつる)」・・新潟県、宮尾酒造株式会社の製造する日本酒。平成23酒造年度の全国新酒鑑評会で金賞を受賞。②「〆木(しめぎ)遺跡」・・山梨県南アルプス市下市之瀬(しもいちのせ)にある、甲府盆地西端の市之瀬(いちのせ)川の扇状地上に位置する縄文時代と奈良・平安時代の複合遺跡。③「〆木(しめぎ)遺跡」・・群馬県高崎市多胡(たご)字〆木(しめぎ)にある古墳群の遺跡。

(73-1)「道計(みちばかり)」・・航海士。

(73-2)「両人」・・音吉と半兵衛。

(73-3)督乗(とくせう)丸」・・「督乗」に「とくせう」とルビがある。「せう」は、歴史的仮名遣いで現代仮名遣いでは「じょう」。発音は、「ジョー」

(73-5)「いんぎんに」・・慇懃に。「殷勤」も当てる。心をこめて念入りにするさま。何度も、または、ことこまかにすること。

(73-6)「あふぎて」・・「あふぎ」は、歴史的仮名遣い「あふ(仰)ぐ」の連用形。発音は、「アオギテ」または、「オーギテ」。現代仮名遣いでは、「あおぐ」の連用形「あおぎ」。

 *歴史的仮名遣い・・歴史的かなづかいでは、「あ」に「う」がつづくとき、オの長音に読む。たとえば、「あうむ、会うて」などは「オーム、オーテ」と読む。「ふ」を伴う場合も、「あふぐ(仰)、あふひ(葵)、あふれる(溢)」などを例外としてオの長音に読むことが多い。「あふぎ(扇)、あふみ(近江)」などは「オーギ、オーミ」と読む。なお動詞の「あふ」は、口語としては「アウ」であるが、文語では「オー」と読む習慣が残っている。

 ジャパンナレッジ版『日本国語大辞典』は、親見出し「あおぐ(あふぐ)」の語誌に、

 <鎌倉時代頃から「あふぐ」と表記したり「あをぐ」と表記したりするというゆれが見える。前者はハ行転呼音によって生じた連母音au(>ao) が長母音化するという音韻変化に従った語形オーグ[u ]であり、後者はアオグ[aou ]であると想像される。前者は、頻度の高い連用音便形がオーイデ、オーイダ[ide, ida ]となり、音韻として確立したばかりの長母音がさらに母音単独音節[i ]に続くためにきらわれ、次第に使われなくなった。連母音ao を保持した後者の語形は、前者との並存を経て優位となり、現在に至っているが、「日葡辞書」には「auogui, u, uoida 」とあり、既に「アオグ」が定着していたことがうかがわれる。>

 とある。

(73-7)「筒袖(つつそで・つっぽ)」・・袂(たもと)がなくて、筒のような形をした袖。また、そういう袖のついた着物。子供の着物、大人のねまき・仕事着などに用いる。削袖(そぎそで)。つつっぽうそで。つっぽうそで。つつっぽう。つつっぽ。

 *北原ミレイは、「石狩挽歌」で、「赤い筒袖(つっぽ)のヤン衆がさわぐ」と唄う。

(73-8)「聞(きこ)ゆまじ」・・意味が通じない。「聞(きこ)ゆ」」は、意味がわかる。理解できる。納得できる。

*「御歌もこれよりのはことわりきこえてしたたかにこそあれ」(『源氏物語 末摘花』)

*「聞えぬ事ども言ひつつ、よろめきたる」(『徒然草』

*「ハハアなるほどなるほど。きこへました」(滑稽本『東海道中膝栗毛』)

(73-9)「浦賀の切手」・・浦賀奉行の御判物。浦賀奉行は、江戸幕府遠国奉行の一つ。江戸入津船の管理には、元和2年(1616)ごろから下田に番所が設けられていたが、風波の難が多いところから、享保5年(1720)に下田番所を廃して翌6(1721)浦賀にうつした。武家の船では、武器・武具、あるいは婦女、囚人・怪我人をのせ五百俵以上の米・大豆を積んだものは浦賀奉行に申告し、廻船などの商船も、漁船と空船を除いては検査を受けて証印を得ることとなった。

(73-9)「見(み)すれば」・・見せると。構成は、下2段動詞「見(み)す」の已然形「見(み)すれ」+接続助詞「ば」

(73-10)「手品(てじな)」・・手の様子。手のぐあい。手つき。手さばき。手ぶり。

(73-10)「見する」・・見せると。「見す」の連体形。「見す」は、動詞の連用形に助詞「て」を添えた形につき、補助動詞のように用いる。ためしに…して人に示す。

(74-1)「~をして」・・「して」は、サ変動詞「する」の連用形に接続助詞「て」の付いたもの。体言を受けて動作の手段、方法を表わす。多く漢文訓読において見られる。現代でも漢文訓読的文語文として用いられることがある。

(74-2)「くまぐま」・・隈隈。すみずみ。

(74-3)「こさいに」・・巨細に。こまかに。形容動詞「こさいなり」の連用形。細かくくわしいこと。また、そのさま。一部始終。委細。きょさい。

 ジャパンナレッジ版『日本国語大辞典』の「こさい」の語誌に、

 <(1)字義どおりの「巨と細」の意味に加えて、漢籍で「無巨細」と使われることが多く、そこから「細大もらさず」という意味になっていったと思われる。また、中世以降、記録とその影響を受けた軍記物を中心として、「巨細」だけで「詳しく」という意味を持つようになる。

(2)キョサイの読みも「伊呂波字類抄」に見えるが、呉音系のコサイの読みの方が一般的である。>

とある。

*<漢字の話>「巨」・・常用漢字は、「匚(はこがまえ)」、旧字体は、「工(たくみ)」の部。なお、「コ」は呉音、「キョ」は漢音。手元の漢和辞典には、「コ」と発音する普通名詞の熟語はない。固有名詞では、山梨県に南巨摩(みなみこまぐん)、中巨摩郡(なかこまぐん)がある。現在は、南アルプス市に合併されたが、中巨摩郡には、巨摩(こま)町があった。山梨県北杜(ほくと)市小淵沢町に巨摩(こま)神社がある。その他、巨摩(こま)高校、巨摩(こま)タクシーなど、この地方の固有名詞の「巨摩」は、「こま」と読むものがかなりある。また、山形県大江町に巨海院(こかいいん)という曹洞宗の古刹がある。なお、京都市・宇治市にまたがる湖沼に巨椋池(おぐらいけ)があり、この場合、「巨」は「お」と訓じる。

(74-3)「改(あらたむ)る」・・下2動詞「改(あらた)む」の連体形。「改(あらた)む」は、取り調べる。検査する。吟味する。

(74-5)「給(た)べ物」・・「給」は、「たべる」とも訓じる。

(74-5)「問聞(といきく)」・・問いたずねる。聞きただす。

(74-7)「ふと」・・偶然になされるさま。ちょっとしたきっかけや思いつきで行なうさま。ひょいと。はからずも。とっさに。漢字では、「不図」を当てる。本テキストの影印の「不」は、「ふ」、「斗」は、「と」の変体仮名。

(74-7)「ありあふ」・・有合う。ありあわせる。「ありあう」が「ありあわす・ありあわせる」に吸収されたのは、複合動詞「…あう」が意志的な相互的・共同的動作を専門に表わすようになったため。

(74-7)「御洗米(ごせんまい)」・・「ご」は接頭語。神に供えるために洗い清めた米。

(74-8)「飯を焚(たき)て」・・「飯を焚く」の「焚」とは、おだやかでない。「焚」の解字は、「林」+「火」で、「林を火でやくの意味を表す」(『漢語林』)。「飯をたく」は、普通、「炊く」を使う。「炊事」「自炊」など。「炊」は、音符の「吹」で、「ふく」の意味、火を吹いて、かしぐの意味を表す。

(74-10)「いたく」・・副詞。形容詞「いたい」の連用形から。漢字を当てる場合、肉体的苦痛を表す「痛く」ではなく、「甚く」。程度のはなはだしいさま。ひどく。はなはだしく。ずいぶん。「いたく」は動作・作用の程度のはなはだしさを表わす語としてもっぱら動詞の修飾に用いられる。

(74-10)「何事にか訳も」・・異本は、「訳も」のあとに、「知れず」とある。

(74-11)「そらおそろしく」・・空恐ろしく。「そら」は接頭語。いいようもない不安を感じるさま。天罰・神罰・仏罰に対する恐怖や、漠然と身に迫る恐ろしさ、また、その人の将来、世の成り行きについての不安などにいう。

(75-3~4)挿入記号「△→△」・・2行目に「誓ひ立て」の「誓」の右上に小さい「△」があるが、これは、挿入記号。右に、「助れくれん。安堵すべしと△」とあり、「安堵すべしと」の「と」の右下に小さい「△」がある。これも挿入記号。「助れくれん。安堵すべしと」を先に読み、ここから、「誓ひ」へ行く。

(75-4)「誓ひ立て」・・異本は、ここは、「誓ひを立つるなり」とある。「立て」を「立つるなり」と終止形にしている。それから、「惣て」がある。

(75-3)「異国の人、()く、手を・・」・・見せ消ち。「なく」の「な」の左に、見せ消ち記号の「二」があり、「な」を消して、右に「か」を書きいれている。(資料1参照。)

(74-4)「いづく」・・何処。「く」は場所を表わす接尾語。不定称。場所を表わす。「いづこ」の古形だが、平安時代以後も併用された。どこ。

(75-7)「本船(もとぶね・ほんせん)」・・伝馬船(橋船・はしけ・枝船)など付属の小船に対して、それを持つ大船をいう。

(75-7)「事(こと)の由(よし)」・・物事の理由、原因。事情。子細。事由。

(75-9)「かゝる」・・斯有(かくある)。連体詞。「かくあり」が変化したラ変動詞「かかり(斯有)」が、近世以降、しだいに連体形による連体修飾用法だけに限られるようになり、現代口語文に残存した。このような。かくのごとき。改まったかたい表現に用いる。

(75-11)「心(ここ)ち」・・気持。気分。「心」を「こころ」と読まず、「ろ」を省いて、単に「ここ」ということに関しては、語源説に、(1)ココロモチ(心持)の約。(2)ココロオチ(心落)の義。がある。

(75-11)「さらば」・・接続詞。「さら」は動詞「さり(然有)」の未然形。先行の事柄を受けて、後続の事柄が起こることを示す(順態の仮定条件)。それならば。それでは。しからば。

 *感動詞の「さらば」・・別れの挨拶に用いる語。さようなら。ジャパンナレッジ版『日本国語大辞典』の「さらば」の語誌に、<中世後期では「さらばさらば」と重ねた言い方が多く見え、さらに近世中期には「さらばの鳥」のような名詞的用法が生じ、打ち解けた間柄で用いる町人言葉「おさらば」もあらわれた。近世後期になると「さようならば」から生じた「さようなら」が一般化したが、近代以降は文語的な表現として「さらば」が用いられている>とある。

(76-3)「我を船を」・・語調がよくない。異本は、「我が船を」に作る。「我を」の「を」は、「が」がいいか。

(76-3)「別るゝ事の」・・別れることは。「事の」の「の」は、主格の格助詞。

(76-4)「覚(おぼえ)て」・・感じて。下2動詞「おぼゆ」の連用形+接続助詞「て」。

(76-4)「いはん方なし」・・形容詞。「ん」は推量の助動詞「む」の連体形。何とも言いようがない。たとえようもない。

(76-4)「名残(なごり)」・・「波残(なみのこり)」の変化したものといわれる。語源は、「余波」で、浜、磯などに打ち寄せた波が引いたあと、まだ、あちこちに残っている海水。また、あとに残された小魚や海藻類もいう。転じて、人と別れるのを惜しむこと。また、その気持。惜別の情。

(76-5)「いとゞ」・・副詞「いと」の重なった「いといと」が変化したもの。程度が更にはなはだしいさま。ますます。いよいよ。ひとしお。一段と。

 <語誌>「いといと」が一般に形容詞や形容動詞を修飾するのに対して、「いとど」は動詞を修飾する機能を持つ。また「いとど」は中古の和歌に用例が多く見られ、雅語的な性格を有するが、「いといと」は和歌には用いられない。

(76-6)「一所(いっしょ)に」・・「に」を伴い、同時であること。現在は多く「一緒」と書く。

(76-7)「おぼしき」・・形容詞「思(おぼ)し」の連体形。助詞「と」を受けて、どうやら…と思われる。そう見受けられるさまである。

(76-8)「重吉が手をとりて」・・重吉の手を取って。「重吉が」の「が」は、連体格の格助詞。「~の」。

(76-9)「曲籙(きょくろく)」・・①仏語。僧家で用いる椅子。主として僧が法会などで用いる。背のよりかかりを丸く曲げ、四本の脚は牀几(しょうぎ)のようにX型に作ってあるもの。全体を朱または黒の漆で塗り、金具の装飾を施す。「籙」は、本来は、竹製の本箱の意。転じて書物とも。

 *「曲籙」②・・江戸時代、出産時に産婦が腰掛けた、よりかかりのある椅子形の牀几。

「十月目に曲祿へ乗る山の神」(『柳多留』)

 *「曲籙娘(きょくろくむすめ)」・・「曲籙」は僧侶の用いる椅子であるところから、転じて、江戸時代、僧侶と情を通じている娘。僧侶の隠し妻。

(76-10~11)「辰半刻(たつのはんこく)」・・辰の刻は、午前8時から10時までの2時間。「半刻」は、その半

 分の時刻だから、午前9時。

(77-9)「何くれ」・・雑多な事物を包含的に指示する。あれやこれや。いろいろ。

(77-9)「にや」・・断定の助動詞「なり」の連用形に疑問の係助詞「や」の付いたもの。「あらん」などの述語を省略した形。文末に用いて、疑問の意を表わす。…のだろうか。

(77-9)「口中(くちじゅう・こうちゅう・くちなか・くちゅう)」・・口の中。

(77-10)「さらに」・・一つの事実が、もはや決定的に成立しがたい、という強い否定の気持を表わす。全く(…ない)。さらにさらに。

(77-11)「目舞(めまい)」・・「眩暈」の当て字。

(77-11)「かく」・・斯く。事態を、話し手が自分の立場から現実的、限定的にとらえて、それを指示する。このように。