(78-2)<変体仮名の話>「にぎはし」の「に(丹)」・・「丹」を「に」と読むのは国訓。国訓が変体仮名になっている例。音読みは「タン」。解字は、丹砂(たんさ)を採掘する井戸の象形。赤を表す。「ヽ」は、丹砂を表す。国訓の「に」は、赤い色。語源説については、ジャパンナレッジ版『日本国語大辞典』には、

 <(1)熱い物は赤いところから、ネチ(熱)の反。

(2)アカニ(赤土)から。

(3)朝日がニイと出た時の色は赤いところから。>を挙げている。

 日本では、漢字が渡来する以前から、赤を「に」と言っていた。漢字の「丹(タン)」が赤を意味することから、「丹」を「に」と訓じた。

 *「青丹(あおに)よし」・・「奈良」に掛る枕言葉。当時、奈良の都の建物の青(あお)や丹(あか)の美しさが連想されていた。

(78-2)「見物(みもの)」・・見物すること。かたわらから見ること。

(78-4)「かなたこなた」・・彼方此方。あちらこちら。

(78-10)「をさをさ」・・あとに打消または否定的な意味の表現を伴って用いる。ほとんど。ろくに。また、少しも。

(79-1)「密夫(みっぷ・まおとこ・まおっと・みそかお・みそかおとこ)」・・夫を持つ女が、他の男とひそかに肉体関係を結ぶこと。また、その密通した相手の男。密通。密男(みそかお)

(79-1)「さのみ」・・副詞「さ(然)」に助詞「のみ」が付いてできたもの。否定的表現を伴って、程度が大したことはない気持を表わす。それほど(…ない)。さして(…でない)。格別(…でない)。

(79-1)「うし」・・憂し。嘆かわしい。やりきれない。

(79-1)「思わず」・・古文的には、「思ふ」の未然形は、「思わ」でなく、「思は」で、ここは、「思わず」ではなく、「思はず」が正しい。

(79-3)「あればは」・・「は」が重複で、「は」は不用か。「は」は、衍字(えんじ)。

 *「衍字(えんじ)」・・「衍」は「あまる」の意。誤って語句の中に入った不要な文字。⇔脱字。

(79-6)「思わねば」・・ここも、古文的には、「思ふ」の未然形は、「思わ」でなく、「思は」。「ねば」は、打消しの助動詞「ず」の已然形「ね」+接続助詞「ば」。打消しの助動詞「ず」は、未然形に接続する。「思ふ」の未然形は、「思は」だから、古文法では、「思わ」は誤り。

(79-11)「ヲロシヤ国王」・・当時のロシヤ帝国皇帝はアレクサンドル2世。1881313日、サンクトペテルブルク市内で、ナロードニキ派に暗殺された。

(79-1180-1)ヲロシヤ国王をはじめいか成貴人ニても冨家ニても妾と言ものはなし」・・アレクサンドル2世は、皇后マリアとの間に8人の子供がいるが、一方、他の貴族女性とも関係を繰り返し、3人の子供がいる。また、48歳のアレクサンドル2世は、20歳年下の女学生カーシャと恋愛関係になり、4人の子供がいる。

(80-1)「富家(ふうか・ふか・ふけ)」・・富裕な家。財産家。かねもち。

(80-2)「物入(ものいり)」・・費用のかかること。金銭を費やすこと。出費。

(80-23)「心の外(ほか)」・・自分の望むとおりにならないこと。不本意なこと。期待に反すること。思いのほか。

(80-3)「百性」・・百姓(ひゃくしょう・ひゃくせい)。一般の人民。公民。影印は、「姓」を「性」としている。

(80-4)「惠まられる事」・・この表現は、古文の文法的には、誤りで、「恵まるる事」が正しい。

 (1)受身の助動詞「らる」は、未然形が「a」以外の音になる動詞の未然形に接続するから、「恵む」四段活用の動詞で、未然形は、「恵ま(meguma)」で、「a」の音だから、「らる」は接続しない。

 (2)未然形が「a」の音になる動詞の未然形に接続する受身の助動詞は、「る」。したがって、「恵む」が接続する受身の助動詞は「る」で、その連体形は、「るる」。

 (3)現代用語にしても、受身の助動詞「られる」は、五段活用の動詞「恵む」には接続しない。

 (4)「恵む」が接続する現代の受身の助動詞は、「れる」。したがって、現代用語とし ても、「恵まられる」という用法はなく、「恵まれる」となる。

(80-4)「はずる」・・歴史的仮名遣いは、「はづる」で、「ず」は、「づ」が正しい。

 古文では、「はづ」の連体形は、「はづる」。現代の用法でも、「はじる」で、「はずる」とはいわない。

(80-5)「いたまぬ」・・傷つかないように。悲しまないように。「いたむ」は、損害を受ける。悲しむ。

(80-5)「心掟(こころおきて)」・・具体的な問題について、心に思いきめていること。意向。配慮。計らい。

(80-6)「政道(せいどう)」・・政治の道。領土・人民を治めること。

(80-7)「療治(りょうじ)」・・病気やけがを治すこと。治療。

(80-8)「入用(にゅうよう・いりよう)」・・必要な経費。諸掛り。入費。費用。出金。

(80-10)「尊む」・・歴史的仮名遣いは、「たふとむ」。発音は、「トートム」。

(80-11)「賜物(たまわりもの)」・・目上の人、または高貴な人などからいただいた品物。拝領物。

 *「賜物(たまいもの)」・・逆に、物品を下賜すること。また、その物品。

 (81-2)「わらんべ」・・「わらわべ(童部)」の変化した語。「わらわべ」は、子どもたち。子ども。

(81-3)<変体仮名の話>「はなれたる」の「た(堂)」・・「堂(どう)」を「た」と読むのは、「堂」の歴史的仮名遣いが、「たう」であることから。

(81-11)「たばかりて」・・だまして。「たばかる」は、「た謀る」。「た」は接頭語。あれこれとじっくり考える。手段・方法などをいろいろと思いめぐらす。工夫して処理する。

(82-2)「ゆるしてたべ」・・許して下さい。「たべ」は、「給(た)ぶ」の命令形。

(82-2)「あした」・・(1) 夜が明けて明るくなった頃。あさ。古くは、夜の終わった時をいう意識が強い。

 (2) 多く、前日、または、前夜何か事のあったその次の朝をさしていう.あくる朝。翌朝。明朝。

 (3) 転じて、次の日。翌日。明日。あす。

 ジャパンナレッジ版『日本国語大辞典』の語誌には、

 <(1)古く、アシタとアサとは、同じ「朝」の時間帯を指したが、アサが「朝日・朝霧・朝夕」など複合語の前項として多く用いられ、平安時代以前には単独語の用例がまれだったのに対し、アシタは単独語としての使用が普通で、複合語としては「朝所」くらいであるという違いがあった。

(2)アサには「明るい時間帯の始まり」の意識が強い(「朝まだき」「朝け」)のに対し、アシタには「暗い時間帯の終わり」に重点があった。そのため、前夜の出来事を受けて、その「翌朝」の意味で用いられることが多く、やがて、ある日から見た「翌日」、後には今日から見た「明日」の意に固定されていく。この意味変化と呼応しつつ、アサが専ら「朝」を指す単独語となり、ユフベが「昨夜」を示すようになった。>とある。

 また、語源説に、「アは浅、シタは下。日がまだ浅く、天の下に低くある時の意から」などがある。

(82-4)「とくも」・・疾(と)くも。「とく」は、「疾(と)し」の連用形。

(82-7)「あかはだか」・・何も身につけていない状態。全くの裸。まる裸。まっぱだか。すっぱだか。また、比喩的に、幼時をいう。ジャパンナレッジ版『日本国語大辞典』の語誌には、

 <上代では「あかはだ(赤肌)の「書紀」の例からわかるようにアカハダともいった。アカは肌が剥き出しの状態をいうところからアカハダは裸をいう。一方、平安時代以降ハダカという語も生じ、アカハダカもハダカも形容動詞のようにも用いられたが、語としてはアカハダカの方が優勢であった。しかし、「日葡辞書」では両語のほかマルハダカ、マッパダカもみられ、この頃からアカハダカに代わって用いられるようになっていく。近世にはこれらハダカ、マルハダカに加え、後期になってスッパダカも加わった。>とある。

(82-7)「つかねたる」・・「束(つか)ぬ」は、集めて一つにくくる。集めていっしょにしばる。たばねる。

 *「束髪(つかねがみ)」・・つかねただけの簡単な髪の結い方。また、明治中期から流行した束髪(そくはつ)。

 *「束緒(つかねお)」・・たばねるために用いるひも。結びひも。

(82-9)「あれは何事ニか□□□」・・□部分が判然としない。 宗堅寺本の当該部分は、「あれは何事にか侍ると」とある。

(82-11)「打(うち)なれ」・・組成は、4段動詞「打つの連用形「打(う)ち」+補助動詞「なる」の命令形「なれ」。